インターネットへの顔出しについて雑感

ネット 顔出し

 

ツイッターのいいね欄を遡っていた某は、あるツイートに目が留まった。とある "無粋ジャージ" が去年の11/25日につぶやいた、顔出しに関するツイート。*1

 

要訳:『ワイらの世代はネットに顔出しするとアカンて価値観しとんねんけど、他所の世代は分かってくれなくてつらたん😭』

 

(Q.なぜ当該投稿を引用しないのか?作り話では?)

(A.理由を説明する義理は無いけど、確認したいならツイッター上で『ネット 顔 死』と検索すればすぐに出る。昨年11/25のツイート、バズってるからすぐ判別可)

 

 

多くの人がぼんやり思っていそうな感覚をここまで正確に代弁してくれる人がいて、さらにそれが超ド級でバズっていた様子を見れた私は、三か月前の当時それなりに頬が緩み、それはもう3発殴られた後のオカメみたいなツラになった記憶がある。

 

『はえ~、この価値観それなりの共通認識だったんすね~』、と。

 

 

炎上した時に顔割れてると終わりだから

私の世代が全員そうであるように主語をデカくして言うと反感を買ってしまう為、圧倒的に範囲を窄めて私個人の考えとして話すが、ネットに顔を出すという行為は、それ以上無いウィークポイントの露出だと思っている。ボロンッ。

 

弱小三流無名ブロガーである私が個人的に最も恐れているのは、予想だにしない炎上からのリアル特定からの私刑。まぁそれが現実的に起こるか否かは置いておいて、この炎上からのリアル特定には顔出しの有無が大きく関わってくる。

 

もしも、顔出しないし居住地、所属団体を特定できる投稿を過去から行っていなければ、どれだけ不謹慎発言で炎上しようが、クラスタの取るに足らない対立トラブルで炎上しようが、差別発言で多大なる反感を買おうが、ただこっぴどく批判されるだけで騒ぎは鎮火する。それで受ける被害と言えば、せいぜい揚げ足取られるか、人格批判に晒されるのが関の山だ。強メンタルの人ならほぼノーダメージだろう。

 

 

しかし、もし過去に顔出しをしていればそうはいかない。炎上の際に顔写真からリアルを特定される可能性がぐーーーーーーーーんと跳ね上がる。リアルを特定されれば実生活に害が及ぶ。

 

(無論、法を犯していれば顔出し如何に依らずとも警察に身元を特定され、その上でマスメディアに報道されてボロ雑巾になる)

 

 

炎上事案に関し、最初から炎上するような真似をしなければ良いと言われればそれまでだが、しかし過去の様々な事例を見て分かる通り、どのような投稿が炎上するかは予測不可能な上に、炎上するかどうかは投稿の内容云々以上に、免罪符を与える声のデカい存在の有無にある。つまりは運要素が大きい。

 

声のデカいいじめっこ大将に、『こいつ叩いていいよ』という免罪符を貼り付けられるかどうかの運ゲー。ネットにはその手のネットいじめや、炎上を扇動するタイプのガラの悪いアルファやインフルエンサーが存在する。

 

昨年某某先生に刺された某H氏もそのタイプだったと聞いているが、はたして実際はどうだったのか。もしそれが本当だとするなら、いじめられっ子がいじめっ子の背中を刺す稀有な例となる。

 

 

それなりの理由がない限り、顔は出さない得

もっぱら危険とされている顔出し行為にも、人によってはメリットが生まれるという側面もある。

 

例えば、ネットビジネスを生業としている人であれば、顔を晒す秘所公開が担保となり、信頼を得やすくなるだろうし、オフパコを目論んでネットコミュニティ活動へ精を出す人は、(端麗な容姿であれば)異性は食いつきやすくなる。SNSにおいても、晒した容姿が優れていればチヤホヤされて容認欲求が満たされ、承認欲求のマインド絶頂アクメに到達するだろう。

 

『『『私ってほんとブス~』』』

『『『え~、そんなことないよ~』』』

『『『承認欲求ンギモヂイイイイ』』』

 

顔出し行為はリスクである分、その対価として(容姿が並以上であれば)信頼感や親近感を得やすくなる。それがメリット。

 

 

だが、そうした特別な理由がない限りは総じて顔は晒さない方が丸い。顔を晒さないことは万一に備えての保険だ。

 

『かっこいいから顔を出すべきだ』とか、『キモいから晒さないべきだ』とか、そういう話ではない。かっこよかろうが可愛かろうが出さない方がセーフティー。

 

顔出しは不発弾と同じで、いつ何の拍子に爆発するかがわからない。しかしその爆弾はリターンも望める諸刃のなんたら。まぁ要はリスクとリターンどちらを取りますかという話になる。

 

 

リア垢はある程度仕方がない

さっきまでの話はネト垢における顔出しの話だ。リア垢はその限りではない。

 

若いヤンチャ人間は、リア垢での顔出しがヒエラルキーに関わってくると言えなくもないことから、リア垢での顔出しは止むを得ない場合もあるだろう。似顔絵やペットの写真をアイコンにしていたら、ヒエラルキーが落ちてしまうことだってきっとある。フェイスブックの "ウェイ" がみな顔を公開しているように、ピラミッド上位の人間には顔出しが必要不可欠だ。

 

だからこそ、リア垢で炎上事案を起こしたら詰みだと思った方が良い。顔も家の住所も学校も所属クラスも彼氏彼女の名前も絶対に全国へ公開される。何もかもがデジタルタトゥーと化す。

 

よって、過激でリスキーな投稿をするアカウントは、裏垢かネト垢に限定するべきだろう。ネト垢なら有事の際はアカウントを削除し、名前を変えて転生するだけで事なきを得る。顔やその他諸々を公開していないなら基本的に特定はされない。

 

言い方にやや語弊があるが、ネト垢なら自分の投稿や発言にそれほど責任を持たなくても良くなる。少なくとも法を犯さない限りは。(我ながらひどい言い草だなぁ)

 

 

まぁなんにせよ、今のティーンはインスタグラムやTikTokの発達によって、姿を露呈させることに対し、より一層抵抗感がなくなっているのだろうが、むしろその危険性に関しては過去のネットより増大していると言える。

 

何せこのご時世は、容易に炎上やバッシングへ発展してしまう。しかもみんなスクリーンショットの撮り方を知っていて、証拠は押さえられやすい。例えるなら、そこら中に監視カメラがあるようなものだ。

 

最近は顔出しのリスクが増大していることに反比例して、顔出しに対する抵抗感や危機感が低下しているというおかしな節がある。グローバリズムによって、顔出して当然の欧米文化が染みついてしまったのだろうか。

 

顔出しもそうだが、私たちイエロモンキーはいつも白人に憧れている。...主語がデカ過ぎた。

 

 

顔出しは尊い

インフルエンサー 顔出し

 

だからこそと言っては何だが、このように顔出しがリスキーであるからこそ、危険を顧みずに顔を晒すインフルエンサーには畏敬の念すら覚える。

 

インフルエンサーにとっての顔出しというデジタルタトゥーは、いわば発言や行動に多大なる責任を負っている状態であると言えるため、私のようにまったく無名であるにもかからわず、顔ひとつ晒さないリスク重視のチキン野郎と、顔出しインフルエンサーには雲泥の差がある。

 

インフルエンサーは知名度や影響力が大きい分、炎上したら終わり。それを覚悟の上で顔を晒すインフルエンサーは尊い存在だ。うおおおおインフルエンサー万歳!

 

 

世論はきっとこうなってる

ネット 顔出し

出典:Person of Interest S2 #14 One Percent

 

【顔出し肯定派】

  • 顔出しが危険という考えは古い
  • 誰もテメーなんか見てないから危なくない
  • 現在のネットはリアルの延長線、顔出して当然
  • 顔を晒さないのは陰キャ、老害、ブサイク

 

【顔出し否定派】

  • 顔出しは危険、リテラシーが足りてない
  • 顔出しは、なりすまし、特定、ストーカー、晒し、それら多種多様な危険性を孕んでいる
  • 仮に削除しても一生ネットの海にデータが残るのはヤバい

 

まぁともかく、絶対的な良い悪いなんて無いんだから、中盤に述べたように『リスクとリターンどちらを取りますか』という観点で、顔を晒すか晒さないかを選べばいいと思う。

 

 

ネットではしばしば顔出し派と顔出さない派で対立している様子を見て取れるが、顔を出してるから十把一絡げに否定するだとか、出していないから謗るだとか、そういうしょうもない考えをする人が根絶やしになることを祈願しつつ、当記事の締めとさせていただく。南無南無。

*1:去年にIPBANされた後も、BANを回避しつつ新垢を取得して別HNでコソコソとツイッターをやっている