持て余した強い自己顕示欲は人生を棒に振りかねない

何気ないけれど印象に残る、次のようなセリフがあります。

 

もっとも厄介な欲望は、自己顕示欲だと思う。


嫉妬も、痴情のもつれも、源泉はそれだ。

 

 

自己顕示欲は厄介極まりない。本当にそう思います。

 

ひとえに悪いと吐き捨てられないところがこれまた厄介。最初から忌避すべきものであるならば、誰も苦しまずに済むのですが。

 

 

誤用で人生を棒に振る二大欲求

私が個人的に考えるものとして、(使い方次第で)人生を棒に振る二大欲求』なる2つのファクターがあり、その二つとはズバリ『性欲』『自己顕示欲』です。

 

性欲は語るまでもなく人生における破滅要因の筆頭。性欲の弱めな女性の場合はともかく、スケベの多い男性は、性欲によって人生を棒に振った人も少なくはないでしょう。

 

性欲を御しきれなければ

 

  • 性犯罪に手を染める
  • 異物挿入等の自壊的なオナニーへ辿り着く
  • その場の勢いだけでデキ婚して、DVからのバツイチシングルマザー輩出して慰謝料lose-lose生活
  • 望まない子供、負債にしかならない子供をこの世に産み出す
  • JKのパンツ覗いて連行される
  • 盗撮する
  • オカズに多額の金銭をつぎ込む
  • 美人局に遭う
  • セクハラしちゃってクビになる
  • 粗悪風俗店で病気をもらう

 

...等々、このように性欲は多くの人間の人生を棒に振らせてきた恐ろしい欲求ですが、この性欲に並んで恐ろしいと私が考えるもの───それが件の『自己顕示欲』です。

 

 

そもそも自己顕示欲とは

自己顕示欲

 

自己顕示欲とはその名の通り『自己を顕示する欲求』。

 

  • 『自分の存在をアピールしたい』
  • 『他人に良く思われたい』

 

という承認欲求の一部で、あらゆる人間が有している当たり前の欲求です。こうやってブログを書いて意思表示している私にも当然備わっています。

 

 

自己顕示欲が強い人

自己顕示欲が強い人の特徴や傾向を以下に羅列します。(当てはまったからといって、絶対に自己顕示欲が強いということにはなりません)

 

自分が好き

良いかは悪いかはともかく、自己顕示欲の強い人は自分が好きな(好きと思える成分を集めたい)ため、自己否定的な行為や言動をとることはあまり多くはなく、傾向としてはナルシ寄りです。

 

ただし、中にはわざと自分を下げ、その否定を欲するかまってちゃんタイプも存在します。メンヘラなんかも自分大好きの典型ですね。

 

自分の話ばかりする

『隙あらば自分語り』タイプの人や、会話中に食い気味で自分の話したい方向に話題を捻じ曲げるタイプの人。また、自分がトークの中心にいないと機嫌が悪くなるタイプの人も。

 

この手の人は会話において相手のターンに回るとそっけなくなりますが、自分のターンになると嬉々として生き生きと話し始めます。

 

端的に言えば、『よくしゃべるがコミュニケーション力自体は乏しい人』といった感じで、会話の目的が自己アピールであるが故に相手を尊重しません。自分が喋りたいことを喋ってご満悦。

 

SNSに執心

SNSで "必要以上" にフォロワーを稼ぎ、なおかつ投稿頻度が高い人は自己顕示欲が強いです。重症化すればリアルと直結していないのを良い事に、虚言投稿を始めてしまうケースも。

 

主な特徴は

 

  • プロフィールが長文
  • アイコンや名前が頻繁に変わる
  • 煌びやかな日常の写真だけをアップする
  • いいねが付かないと拗ねる

 

などなど。

 

上昇志向が強い

社会的地位が上昇することは必然的に自己顕示することに繋がるため、自己顕示欲求の強い人は上昇志向が強く、より強いステータスとなる肩書と実績を求め、進んでリーダーシップを発揮しようとします。

 

上記に関連して、自身の実績や肩書を文字に起こして羅列したがる人は、自己顕示欲が強いと言えるでしょう。SNSなんかによくいますね。

 

必要以上にオシャレ

清潔感を出したり野暮ったさを打ち消すための無難なオシャレを通り越し、奇抜なオシャレに手を出している人は自己顕示欲が強いと言えます。

 

話を盛る

程度に差はあれど、話を盛るくらいは誰にでもありますが、とりわけ彼らの場合はその盛り具合が大きく、こじらせた場合は虚言を発するまでに。俗に言う『嘘松さん』なんかが、まさにそれであると言えます。

 

『いや』『でも』が多い

他人の意見を『うんうん』と認められず、自分の正しさを突きつけたいがために、否定する場面が多くなります。結果として『いや』や『でも』といった否定の言葉から話し始める癖が定着することに。

 

考え方が違う人へのスルースキルが低い

生きてさえいれば、自分の持つ価値観の対となるような、まるで受け入れられない考えや意見を持つ人が必ず出てきますが、自己顕示欲が強い人は『まぁそういう人もいるよな』という考え方がなかなか出来ず、自分の考えを押し付けるために食って掛かり、相手の思考を矯正するか論破するまで粘着、または仲間を呼び込んで潰そうとします。

 

もちろん、自己顕示欲が強くても理性的な人はそのようなことをしません。と考えた場合、自己顕示欲が強くて、なおかつ論理性に欠ける人が最も手に負えないタイプになります。

 

嫉妬深い

『主役は自分』であるために、他人が成功したりチヤホヤされている様子が気に入りません。

 

流行に強い

流行が好きで追っているわけではなく、トレンドのインプレッションが強いことを理解しているが故に、流行をいち早く押さえ自己顕示のツールとしています。

 

 

自己顕示欲の危険性

自己顕示欲 破滅

 

自己顕示欲が肥大化してしまった場合、例えばバカッターのようにモラルに反する行為をしてまで目立ちたがったり、食べるためではなく写真を撮るために飲食店へ訪れたり、人脈をアピールするために他人と知り合ったり、SNSで虚言を吐いて炎上したり、意見の合わない他人にいちいち突っかかったり、このように実用性皆無であるにもかかわらず、損失の多い行為、虚無感の大きなアクションを喜び勇んで行うようになります。

 

インスタバエ アイス

 

過去の話を例にしますと、GT-Rで280kmを出した動画を自ら投稿し、数日前に逮捕されてしまった人や、Twitterでリアルを特定できる断片的な情報を開示していた自称NHKのプロデューサーが、炎上してしまった際に人物特定されてしまい、逃亡してしまった話もあります。

 

まさに彼らは自己顕示欲の犠牲者になったと言っても過言ではありません。もしも彼らの自己顕示欲求が微弱なものであったならば、先の無用な投稿に至ることも無く、今頃は平時と変わらぬ平和な日常を送ることができていたはずです。

 

 

己の自己顕示欲に屈服してしまった人は、強いインプレッションを獲得することを目的として非日常を演出し始めます。ある時は犯罪行為やアンモラルに手を染め、またある時は嘘を嘘で塗り固め、またある時は手段を目的としてしまったりと、往々にして人生や時間、お金をドブに捨ててしまうリスクを負うことになります。

 

 

冒頭にて『性欲によって人生が破滅した人は多いだろう』という旨の話をしましたが、これまでに逮捕されてきたり失態を犯してしまった人間たちをよく見てみると、実はその要因の多くが自己顕示欲か性欲のどちらかであり、次いで多いのが金銭などの物的欲求による破滅です。

 

人々が恐れる人生の破滅要因は、一般的に病気や災害、交通事故などの外的要因が多くを占めているものの、実はそれらと同様に恐れるべきものは『自己顕示欲』であると考えます。

 

『自己こそが最大の敵』というありふれたテンプレセリフは、まさに言い得て妙。先人の言うことは正しいですね。

 

 

自己顕示欲を抑えるコツ

なぜ極端な自己顕示に走って自滅する人が後を絶たないのかと言えば、自己肯定感が不足していることにあり、自己肯定が足りないからこそ外部から補う必要性が生じ、結果としてあのようなことになります。

 

 

したがって、自己顕示欲を抑える個人的なコツは、少し聞こえが悪いですが『自己完結すること』です。心理的オナニーをしましょう。

 

これに際し、某哲学者の言っていることを引用すれば『自己を認めてさえいれば、外部から必要とするものはそれだけ小さくて済み、自分以外の人間から得る称賛に重きを置かなくて良くなる』といったような具合です。ちなみに発言者はショーペンハウアー。

 

自己で完結してしまえば、他人からの評価云々を気にすることも無くなり、必要以上に自分を他者へ見せびらかそうとする努力に手を染めることもなくなります。

 

 

自己顕示欲は悪ではない

この記事のニュアンスが、『自己顕示欲=悪』といった具合になってしまっているものの、私自身、自己顕示欲そのものを否定する気などサラサラありません。そもそも自己顕示欲に野次を投げていたら、私は二枚舌のダブルスタンダードのブーメランになって、現在形で自己顕示のツールとしているこのブログを閉鎖しなくてならなくなります。

 

私の謳うテーマは、『自己顕示欲を持つこと』そのものではなく、『自己顕示欲をコントロールし折り合いをつけること』にあります。決して『自己顕示欲を持つな』という落としどころではありませんので、誤解されないようにお願いします。

 

 

人間の欲望は所有欲然り性欲然り、それらが十二分に満たされるようになると、耐性が付いてより強い刺激を求めるようになります。

 

例えば毎日セックスしまくってる引く手数多の人が、普通のセックスじゃ満足できなくなって、おかしなプレイ(シャブキメセク等)に走るだとか、そんな感じです。別段珍しくもない話だと思いますよ、多分。

 

 

自己顕示欲もそれと同様に、自分の存在アピールが成功すればするほどに、更なる自己顕示を望むようになるわけですが、耐性が付いていくに連れて徐々にハードルが上昇してしまい、ついには現実とのギャップが生まれて虚飾を行わねばならなくなったり、冷静な判断を見失って犯罪自慢などの奇行に走る可能性も大いにあり得ます。

 

だからこそよく考え、手前の自己顕示欲と折り合いをつけなければなりません。

 

 

自己顕示欲そのものは社会活動を活性化させたり、人が努力する原動力になったりと好ましいものですし、実際のところ、優秀とされる人たちはだいたい自己顕示欲が強いです。

 

そして優秀な人はたとえ自己顕示欲が強くても、理性によって折り合いを付けることができる上に、その優秀さで以って称賛を浴び、自己顕示欲を健全に満たすことができるため、破滅していった先人たちのように、身の丈に合わない自己顕示欲で人生を棒に振ることもありません。いわば "良い自己顕示" , "健やかな自己顕示" を実現しているのです。

 

一方、優秀でないにもかかわらず自己顕示欲が強い人の場合、能力を正しい方向に生かして自己を顕示することができないため、どうやっても悪目立ちをすることでしか自己主張の方法が残されておらず、結果として反社会的行為やディスり芸などに手を染め、周囲に迷惑をかけたり、不快感を与える形で目立つようになります。

 

 

自己顕示欲も量が肝心。たとえ健康に良い食べ物であっても、食べ過ぎれば心身に異常をきたします。自己顕示欲もそれと同じこと。

 

肥大化した食欲によってデブに成り果て、健康を害して死んでしまうように、肥大化した自己顕示欲も自己を貶める大きな要因となり得ます。

 

 

自己顕示欲とハサミと薬は使いよう。用法・容量を正しく守ってお使いください。

 

自分が自己顕示欲の奴隷になりつつあると自覚した際は、自己の心理状態を考察してみるのも良いでしょう。 自分が自己顕示欲の下僕になるのではなく、自分が自己顕示欲を従える...それがベターに違いありません。

 

自己顕示欲。要するに、自分だけ目立ちたい、自分だけは特別に注目されたいという欲望。パーティに出てみると、これがよく見えてくる。ある人はお喋りや豊富な話題で、ある人は奇抜な服装で、ある人は顔の広さで、ある人は孤立していることで、それぞれに自分だけ注目されようとしている。

 

彼らのこういう計算は、しかし間違っている。自分こそ注目される役者であり、他の者は観客だと思っているからだ。それぞれがそう思っていて、観客がいないという芝居なのだ。だから、結局は誰も注目されていないことになる。

 

人生においても、しばし同じことが起きている。ある人は権力で、ある人は学歴で、ある人は同情を誘う哀れさを見せることで、それぞれに目立とうとしている。だが、注目されるという目的は果たされない。なぜなら、他の人みんなが自分の観客だとそれぞれに思っているからだ。

 

───フリードリヒ・ニーチェ 『人間的な、あまりにも人間的な』 より