池袋交通死亡事故への反応は、"上級国民 vs 大衆" という二項対立の序章

池袋交通死亡事故 上級国民

 

東京・池袋で乗用車が暴走し母子2人が死亡した事故で、運転していた高齢男性が逮捕されないことに対し、『上級国民だから逮捕してないんだろ💢』という推測がなされ、波紋を広げている。

 

彼ら曰く、容疑者は旧通産省の官僚を務めていたり、大手企業の役員を経ている上級国民であるが故に、国家権力に忖度されて逮捕されないのだと。日本の司法は腐敗しているのだと言う。

 

しかし、当事故は容疑者も負傷して病院で治療を受けている通り、本来の行程では事故事件に関わらず、加害者が負傷している場合は回復を待ってから処罰することになっているため、『上級国民だから一般人との対応に差異がある』と憤ることは全くの見当違いであり、『忖度されているから私刑で〇せ』などと喚いたり、事実無根のデマを流す行為は、ヘイトスピーチに近しい悪徳であるという自覚を持った方が良い。下手な正義面をすると、最悪の場合自分が悪者になってしまう結果となる。

 

 

また、容疑者が事故発生直後にリスクヘッジを行い、本人の指示でSNSや住所などの証拠隠滅を図ったという情報が流布されているが、その情報も憶測が飛び交った結果のデマである可能性が高い...というより証拠がまったく無く、事故直後に息子へ事故を起こしてしまった旨の電話をかけた(ただの報告)というのがマスコミの報道だ。証拠隠滅の指示にはエビデンスが無い。

 

確かに証拠隠滅の痕跡は認められているものの、事故発生直後の緊迫状況下で認知症爺さんが炎上からの保身を真っ先にひらめくとは考えにくく(事件の経緯から見てパニックに陥っていたとされている)、元からかかりつけている顧問弁護士や家族が独断で行ったと考えるのが妥当ではないだろうか。

 

それにいくらエリートとは言え、87歳にそこまでネットの知識やリテラシー(炎上ケア能力)があるとは思えない。なら他人が代理で情報を守ったと考えるのは別段不自然ではないだろう。炎上事案だから周囲に火の粉が映らないように防いだと考えるべきではないだろうか。

 

また、『なぜニュースで男性が容疑者呼ばわりではなく「さん」付けなのか』ということに関しても邪推が広がっているが、逮捕されるまでは容疑者と呼ばないのが報道上の原則である。彼はまだ逮捕されていないため、"ルール上" 特におかしなところはない。明らかに他所と差別化はされているがね...。

 

 

というかそもそも、いくら加害者が元官僚のエリートとは言え、今はただの隠居した爺さんなのだし、そんな人物に国家権力がいちいち忖度するとは思えない。

 

第一騒ぎが大きくなり過ぎて、もはや闇に葬れる小火でもなく、手を貸したら忖度した側にまで火の粉が飛んでくることは分かりきっているし、たった一人のご隠居を守るために司法を捻じ曲げてまで、国民からの総批判を真っ向から受けて立とうと思うだろうか。一人の爺さんをかばうために、収拾のつかない炎上を承知で大々的に忖度すると?

 

現職の自民党議員や大企業の社長をかばうならともかく、さすがにそれは無いだろう。それとも国家権力ってそこまで向こう見ずだったのか。

 

あ、チノパン...ひょうごけんk...高知白バイ...うっ、頭が...。

 

 

つっても『爺ちゃん忖度されてないっしょww』で納得する人は少ないと思う。気持ちは分かる。

 

しかし、高齢老人が痴呆などを理由に罪に問われなかったケースは、我々の下級国民界(通称:下界)でも実際に多数存在していて、また任意で捜査が進んだ場合でも、在宅起訴され、刑事裁判で執行猶予が付かずに実刑判決となることもあるとされている。

 

日本国内で発生したすべての刑事事件において、必ず被疑者が逮捕されるというわけではなく、身柄の拘束は行わないで、被疑者が在宅のまま事件の捜査を行う「在宅捜査」、あるいは書類だけを警察から検察へ送致する「書類送検」という手続きもあります。

 

特に交通事故などの場合は、「在宅捜査」から「書類送検」となることも多く、逮捕を伴わない刑事事件の手続きは比較的多く行われています。

引用:刑事事件の被疑者が逮捕されないケースとは?~書類送検や在宅捜査~

 

 

また、一応こんな↓ルールもある。 

第219条第1項 (身柄拘束に関する注意)

交通法令違反事件の捜査を行うに当たっては、事案の特性にかんがみ、犯罪事実を現認した場合であっても、逃亡その他の特別の事情がある場合のほか、被疑者の逮捕を行わないようにしなければならない。

 

もっとも、上記の219条は恣意の介入余地がありすぎて、似たような事故でも逮捕したりしなかったりでかなりマチマチなんだよね。逃亡の危険性が無い容疑者を逮捕した例なんて無限にある。こういうグレーな決まりは良くないと思うわ。

 

  

いずれにしても、検察とて世間の風当たりは理解しているのだから、『上級国民だから』という理由で特別扱いなどせず、本来のルールに則って裁く(あるいは痴呆を理由に釈放)だろうと私は思っているし、仮に無罪だったとしたら、たとえ彼が上級国民でなかったとしても、痴呆でどのみち無罪放免なのだろう。恐らくは彼がどこまで呆けているのかにも依ると思う。

 

そして、この件に関しては検察・警察ではなく、他の交通事故の容疑者と報道の仕方が異なるマスコミを叩くべきなのではないかと考えている。顔写真出さないのも、加害者周辺にインタビュー凸しないのも、この件に限ってのことなんだろうし。

  

 

先行する権力者へのヘイト

上記の内容から何が見えてきて、そして何が言いたいかと言えば、『成功者へのヘイトや嫉妬が先行してみんな頭おかしくなっちゃってるよね』ってこと。そしてこれは憶測なんかじゃなくて、わざわざ "上級国民" という言葉を強調して叩いている部分にもそれが表れていて、やはり『権力者はさぞ良い暮らしをしているんだろう。俺・私たちは大変なのに』という妬みの気持ちが根底にあるのだと思う。

 

そして、そんな憎悪の対象が殺人事故なんてやらかしてしまった日には、バッシングが燎原の火の如く広がっていくだろうし、加えて

 

【お馴染みの老人による交通事故(しかも被害者死亡しかも女性しかも子供含)+みんな大好きプリウス+誤解を招く事故対応】

 

と来たら、これはもうボカスカ叩くには絶好の相手だ。日頃のガス抜きにこれ以上のものはない至高のサンドバッグだろうし、それに加えて一部の人が勘違いをする『本人がまだ逮捕されていない』というおまけつき。これもうバッシング要素のハッピーセットだろ。バルカン半島以上の火薬庫だよ。

 

 

それにしても、叩いている側も市民感情の昂ぶりとともに攻撃する事しか考えてなさそう見える。しかもデマを流すわ真に受けるわで、いつものSNS炎上とやることが全く変わってない。

 

まぁそもそもデマが虚偽であるかどうかなんて考えようとは思わないよね。だって本当であった方がその人たちにとっては叩きやすくて都合が良いのだから、間違っても反証しようなどと思うはずもない。これは前も言ったけど、たいていの人は都合の悪い情報の真偽しか検証しようとしないものだ。

 

 

いやそれどころか、自分に有利な情報については、例えデマである気がしていても───場合によってはデマだとわかっていても拡散するだろう。自分に都合の良い意見なら嘘か本当かはどうでも良いし、都合の悪い意見ならばソースを精査し、あるいは『デタラメ抜かすな』と噛み付く、看破する。

 

そう、真偽を確かめるのは自分に都合の悪い意見だけだ。したがって、誰も不快にしない情報は誰にも検められることなく、デマが半ば真実と化す。

 

 

まぁね、確かにおじいちゃんの対応にも怪しい部分はあるし、認知症である上に足の通院をしている状態で運転をするという落ち度はあったけども。そこは紛れもない事実だ。とりあえずこの話はもういいんだよ。

 

 

令和で拡大する "上級国民 vs 大衆" の構図

令和で拡大する

 

記事タイトルから察せる通り、池袋の交通事故は前座というか話題提起で、本題はこれから綴ることになる。

 

先の池袋交通死傷事故においては "上級国民" という部分にスポットを当ててバッシングしていた人が多く、成功者や裕福層(エスタブリッシュメント)に対するヘイトや嫉妬が前面にプッシュされていたように見えたけど、私というポンコツの見立てでは、令和時代中にその構図がより一層顕著になり、"上級国民 vs 大衆" の二項対立が激化するのではないかと思っている。

 

そう思う根拠として、昨今の社会・景気の情勢から、中間層(裕福でも貧乏でもない層)の解体が始まっており、彼らが徐々に底辺の方向へと流れて行っているのだそうで、つまりは成功者と底辺の差───貧富の差がより顕著になってきている。

 

所得格差

所得格差

引用:貧困・格差の現状と分厚い中間層の復活に向けた課題

 

年収700万円の手取り額が、2002年に587万円→2017年に537万円へと年50万円も減少している。しかもこの間に消費税は5%→8%へ上昇。「貧困層の固定化」に加えて「中間層の解体」が急速に進行している。

 

───大内裕和 @ouchi_h

 

裕福な者はより裕福へ、貧しいものはより貧しく。二極化する所得。

 

したがって、今までは【裕福層(上級国民) vs 中間層 vs 底辺】であった三つ巴の構図が、令和においては【上級国民 vs 底辺】という二項対立の総力戦へとシフトしてしまい、まるで貴族だけが特別な権力を振るい、甘い汁を啜っていたような過去数百数千年における幾多の時代が再来し、多くの大衆は上級国民へ対し、強いヘイトや羨望のまなざしを向けるようになるだろうと思う。

 

先の池袋交通事故の上級国民叩きは、そのプロローグと考えて差し支えない。令和突入の直前にて、それを示唆するかのようなバッシングが発生している。池袋の件はすべての始まりに過ぎない...ざわ...ざわ...。

 

 

何が始まるんです?

 

"上級国民(エスタブリッシュメント / ブルジョワ) vs 大衆(その他大勢)"  だ。

 

 

親ガチャGamingと不幸な子供の増加

貧富の拡大はいわゆる親ガチャ性*1をより顕著なものとし、子供は生まれた時点で勝ち負けの明暗がハッキリと表れる運ゲーとなる。裕福層に生まれたらアタリ、底辺に生まれたらハズレ。『まぁまぁ』の択は無い。

 

しかも、裕福層の絶対数は貧困層に比べても多くはないことから、子供を産む層はもっぱら貧困層になっていく。そのため、本人に罪の無い不幸な子供が数多く輩出されていくのだろう。子供を産む人に限って貧乏ばかりという救いようのない状況になる。とどのつまり某文化圏と同じ構図だ。

 

また、貧困層の家庭は虐待や家庭トラブル、片親なども多く、そうした環境は子供の成長にも悪影響を与え、虐待や底辺性は延々と家系にリンクしていくだろう。不幸な人間が不幸な人間を産み落とす連鎖だ。

 

したがって、お金をそれほど持っておらず、なおかつ子供を幸福にしてやる自信や資産を有さない者は、子供なんて産み落とさない方が良いのではないかと私は思う。

 

私は元々ベネターやショーペンハウアーといった反出生主義者にアグリーな立場をとっているのだが、エゴで不幸な人間を創造するなんてかわいそうが過ぎると思っている。

 

まぁ、裕福に養える家庭であったり、高度経済成長中で景気が良いのであれば、生殖をすることに特別の異論はないが、現状衰退を余儀なくされている以上、少子化は進むべきだと思っていて、貧富の差が顕著なこの社会、それも今や傾斜国家と化したオワコンジャパンに生まれてくる子供なんて大概かわいそうなだけだ。産むにしても、日本より福祉が発展していて、幸福度指数が高いところに移住して産んだ方が良いだろう。フィンランドやノルウェーとかね。

 

 

ともかく、金が無いなら子を産むなと。金がある上級国民ならボンボン産めばと。出産子育ては金持ちのアドバンテージや特権で良い。それが罪の無い子供にできる唯一の施しだ。子供に罪は無い。子育てという自身の暇つぶしやヒエラルキー競争のためだけに、子供に貧乏の業を背負わせるな。

 

 

搾取構造と格差は既に深くまで進行している

搾取構造と格差は既に深くまで進行している

 

中間層・中流階級が消えていくという未来は、以前よりも搾取する側とされる側の構図が鮮明に映し出されることに他ならない。いずれはグレーゾーンが消えてホワイト(勝ち組)とブラック(負け組)だけになるだろう。

 

ブラック企業に始まり、昨今の非正規や派遣主流の雇用形態を鑑みても、資本家が利益を出すことを一番にしていることがよく分かる。 最近流行りのリストラもそうだ。部下の家庭を破滅に追いやってでも利益を追求したい。

 

富者は貧者の労働が結んだ実を享楽する。

 

───ジョナサン・スウィフト『ガリヴァー旅行記』

 

そうして、持てる者は私腹を肥やし、持てる欲深き者の下に就く者は、サビ残やその他諸々でピンハネ同然の仕打ちを受け、自らの労働価値以下の対価しか受け取れず、その余分は資本家の懐へと入っていく。だから富める者は永くにわたって富み続けるし、貧しい者は貧しいまま。だから貧富の差は延々と拡大し続ける。

 

 

また、データによると裕福な層の方が貧乏な層よりもケチな傾向にあり、『自分は他人よりも多くの物を享受する資格がある』と感じるようになるらしいことから*2、裕福であるほどに他人のことなど考えなくなるのだと思われる。

 

したがって、お金持ちの経営者や資本家が、社員や下位の者への施しや福祉を考えずに自利に走ることは、ある意味で仕方のないことなのだ。一度お金を手にすると、今度はそのお金をどうやって増やそうかと考えるようになる。せや、人件費を踏み倒したろ!

 

こうしてブラックが生まれる。

 

 

中間層の解体に未来はない

中間層の解体とはすなわち貧富の差の拡大。これは "富める貴族 vs 重税と搾取にあえぐ平民" という歴史の教科書でよく見る構図だ。過去どこの時代にでもあったろう。

 

そして貧富の差の拡大はかならず強い対立構造を生み出し、どこかで絶対に軋轢を生みだす。例えば古代ギリシャがそれだ。古代ギリシャでは中間層が消滅した結果、裕福と貧乏で二極化したことで国家が滅亡へと進み始めた。今の日本はそれに傾いていっている。

 

 

以下は私の勝手な想像だが、貧富の差の拡大に伴って犯罪が増加するのではないかという気がしている。

 

例えばインセルは "愛する者を持たざる者" として持つ者を殺害するわけだが、今後は男女関係のみならず、『お金を独占しているから』という理由で、資産を占有する上級国民を刺殺するような事件が発生したって何もおかしくはない。

 

お金───資産や守る者を持たない層が増加するということは、いわゆる "無敵の人" が多くなるということで、感情的でその場限りの怒りに任せた犯罪も、計画的な金銭奪取の犯罪も増えるのではなかろうかと。

 

恐らくは『搾取する憎き金持ちからなら盗ってもいいだろう』と、半ば当然の権利のように考える者も現れる気はしている。

 

頂くぞ、何もかも。

富めるなら奪うまで。

 

上級国民は夜道と物陰とパスワードに気をつけろ。簒奪されるぞ。

 

 

話が変わるが、経済や所得の不安定さから来るストレスやコンプレックスを動機とする他人叩きも増加していくような気がしてならない。僻みで上級国民を叩くと同時に、自分は負け組ではないとばかりに、底辺側を『底辺イライラで草なんだ...w』と叩く人が現れるのではないだろうか。

 

上記は、陽キャでない人が劣等感から同族であるインキャに対して『インキャw』と攻撃するあのシチュエーションに近しい。今後は陰キャレッテル貼り攻撃ではなく、底辺レッテル貼り攻撃が増加するだろう。

 

言うてまぁ、いずれは本当に底辺ばっかりになるんだろうし、レッテルじゃなくて大体あたりになっちゃうんだろうけどね。

 

 

経済レ〇プ!タイタニックと化した日本

いずれにしても、中間層の不在という貧富の差の拡大で、あらゆる景気問題や社会問題に改善の見込みがないのだから、すでに日本の圧倒的泥船沈没は確定している。

 

上級国民とその他すべてを合わせた底辺の構図は、大学に例えれば東大とFラン多数しか存在しない極端な状況と言えるわけだが、当然東大に用意された椅子の数はその他全てに比べて圧倒的に少ない。裕福層も同じことで、裕福層の絶対数は少ない。すなわち今後の日本は少数の勝ち組以外はすべて負け組。ひどい表現だけど間違っているとは思っていない。

 

ならば、勝ち組へ向けた高倍率の壮絶な椅子取りゲームが今後始まることは必須だ。

 

これは非常に狭き門で、なんだろう、韓国の受験戦争にも似た過激な競争が始まる予感があって、そうした状況を鑑みると、1998年あたりの自殺ラッシュが再来するような気もする。韓国は競争から脱落したことを要因とする自殺がとりわけ多いから、日本もそういう様式になるとすれば、やがては同じような状況になりかねない。

 

まぁそんな感じで、これから暗黒の時代が待ち受けている気がするというロクでもないお話でした。

 

 

【募】やさC上級国民

私は現在ホームレスとして、岡山県の県北にある川の土手でスムージーを啜りながら、汚れ好きの土方の兄ちゃん(45歳)と共に空き缶を拾って生計を立てているが、毎日もやし(200㌘ - 20円)と野生のカエンタケで食いつなぐ生活が苦しいので、読者の中に上級国民の方がおられましたらどうか養ってください😭

 

助けて!上級国民!  

*1:親がアタリハズレのどちらかという、ソシャゲのガチャガチャに寄せたジョーク

*2:自分、ソース省略いいすか