今年のゴールデンウィーク明けはいろいろヤバそうな予感

今年のゴールデンウィーク明けはいろいろヤバそうな予感

 

本日をもって、様々な思惑が交錯した黄金の10連休───通称 "ゴールデンウィーク" が幕を閉じる。

 

 

今コレを読んでいる方々にも

 

  • 10連休だった人
  • 何日か拘束された人
  • シフト休で関係ない人
  • 1日も休めなかった人
  • そもそも365日休みだから関係ない人
  • 死にたくなった人

 

と、多種多様な過ごし方があられたと思うが、もし巨乳べっぴんの連れとヨーロッパで優雅に陽キャチックなバカンスを過ごした勝ち組野郎がいるなら、二度とこのブログに来るんじゃねえでございます。消えなさい。ウチのブログ...ではなくこのチラシ裏は、岡山県民と岩倉市民専用だ。

 

 

冗談はさておき、例年よりも休日数の長かった今年のGWは、平年以上の甚大な爪痕を残すのではないかと予想している。

 

『んなもん誰でもわかるわ🤣』とかそういう野暮なツッコミはいいの。

 

 

サービス業からの逃走

先日記事で触れた通り、

 

 

今年のGWは一部界隈にてサービス業従事者への侮蔑が巻き起こり、賛同と人格否定と論点のすり替えの嵐が巻き起こった。

 

サービス業従事者たちは、10連休という優雅な青い芝を見せつけられ、それと同時に彼らがこちらへ向ける嘲笑とその意思を目の当たりにした。

 

 

考えてもみてほしい。自分はGW休まずに働いているのに、あまつさえそのサービスを享受している10連休の徒輩が、ニヤニヤしながらこちらを『底辺w』とバカにしてくるのだ。

  

ムカつくだろうし、何より辞めたくなるだろう。自分も連休できる側に回りたいし、同じくバカにする側に回りたいと思うだろう。

 

だから、このGWで仕事を辞めたいと思う人はきっと少なくない。それに加えて平年に比べても多い連休数だ。今年の5月病はいつも以上に強烈な勢いで襲ってくる。

 

そうした背景があるからなのかは定かではないが、今年の10連休中に退職代行サービスへの相談が殺到していると聞いていて、なんとネットニュースにまで取り上げられていた。GW明けで仕事を辞めようと思っている人が爆増しているのだ。

 

それも仕方あるまいて。今年はサービス業への侮蔑と10連休と昨今の転職ブームが重なっている。辞める人が多くなって当然だ。しかも今は退職代行という、より一層足を洗いやすいサービスが普及(?)している。

 

 

退職代行というサービスが初めて登場したときは、

 

  • 『退職手続きくらい自分でやれよ』
  • 『誰も使わねーよks』
  • 『世も末だな』
  • 『ふざけてんのか』

 

といった否定の声ばかりが目立っていたが、なんだかんだでこのサービスは多くの人の役に立っていることがわかる。みんな自分の職場とスキームでモノを考えているから分からないだろうが、世の劣悪環境にはきっと『辞めさせてください』だなんて到底言えない、言い出しにくい職場もあるのだろう。退職代行はそうした人々を救っている。

 

私も退職代行というサービスを初めて耳にしたときは、『金持ち実業家の売名お遊びか?』と、懐疑的な目を向けていたが、いざ役に立っている様子を見ると案外バカにできたものではない。むしろそのサービスを立案した人には先見の明があったのだろう。まさにブルーオーシャンの開拓だ。

 

 

ともかく、今年のGW明けは例年の五月病よりも症状が重いということで、退職も自殺も多くなることと思う。ともすれば、今コレを読んでいる人の中にも、『辞めよう』だとか『死のう』だとか、そういったことを考えている人がいるのかもしれない。

 

 

きっと今週は、いや "今後" は、サービス業から逃げ出そうとする人が増加する。自分も連休を享受するべく、そして祝日もせかせか働く社畜をバカにする側へと回るべく努力する。しかしながら、サービス業ではない仕事の椅子の数は決まっている。全員がサービス業から逃れることは不可能だ。

 

ゆえに、サービス業からの脱却ラッシュと、連休できる仕事の椅子取りゲームが始まる可能性が微レ存。人手不足は余計に加速するんだろうなぁと。みんな嫌なものを避けるのだから。

 

 

政府は良かれと思って10連休にしたのだろうが、この10連休に穿ち過ぎる見方をした場合に、結果としてデメリットの方が多かったのではないかと思う。何より格差というものを如実に反映させてしまった上に、例年よりも重篤な5月病を約束してしまったのだ。

 

やっちまいましたなぁ、上級国民率いる政府さんよ。

 

表面的に考えたら10連休は優しい世界のようにも思えるが、実情はそこまで優しい世界で済まされていないような気がする。

 

 

10連休した人は5月病に襲われ、GW関係なく働いた人は10連休を傍目に鬱屈とした気持ちになり、日給制かつ休みの人はお金を貰えず今月のお財布状況は苦しく、企業は退職者の対応に追われる。私は川の土手で日向ぼっこ。

 

 

このGWの終わりで、退職や死ぬことを決意する人はそれなりにいるだろう。

 

GWが終わるや否や心を病む人々が増価するというこの現状は、日常がどれほど耐え難いものであり、そして休日がいかに "その現実から目を背けるために存在するものなのか" を明瞭に映し出している。

 

休日で苦痛から離れていた日数が長ければ長いほどに、日常に戻った時の精神的負荷は大きい。言うまでもないが、たいていの人にとって、休み以外の時間(拘束・義務の時間)というのは、常に苦痛の時間、継続的なストレスの蓄積だ。仕事が楽しい人はほとんどいない筈だ。

 

そう考えた場合、労働の義務を負って生きるという行為が───嫌な事をしなければ明日を生きられないことが、どれほど残酷なのかという悲しい事実が見えてくる。人は常に労働や勉学という苦痛のタスク(現実)と、休日という名の時間で制限された現実逃避もとい慰めを織り交ぜながら生活している。

 

平素は嫌なタスクを淡々とこなし、ようやくやってきた短い休日を気晴らしにあてて慰める。その繰り返し。そしてガス抜きが不十分な者からガタが来てブッ壊れていく。だからストレス発散手段の豊富な陽キャは壊れない。

 

 

結局のところ、生きるという行為は、いかに苦痛から目を逸らしながら日々を繋ぐかということでしかない。だからこそ私は、『苦痛を感じにくい楽観主義者(オプティミスト)は強いな』という憧れを抱くので候。

 

題して、 "機巧少女とオプティミストは傷付かない"

 

気を紛らすこと。人間は死と不幸と無知を癒すことができなかったので、幸福になるために、それらを考えないことにした。

 

───ブレーズ・パスカル 『パンセ』 第2章 "神なき人間の惨めさ" から