死屍累々の人生100年時代 -暗黒の老後-

死屍累々の人生100年時代 -暗黒の老後-

 

言い出しっぺは誰なのか存じてはいないが、ここ最近は "人生100年時代" という言葉───一種のスローガンをよく目にしていて、ちきりん氏もそれに関する記事をいくつか執筆されていた覚えがある。

 

人生100年時代というのは、文字からだいたい察せる通り『100年生きることが当たり前になってきているから、それを前提にして人生設計しましょう』というものになる。

 

 

しかし、私はこの標語に懐疑的な目を向けているし、私ではなく広く一般的にも、目下の経済状況で『100年計画いいね!素敵!最高! 』と、すんなり肯定的に受け入れる層がそこまでいるとは思えない。

 

実際、先日某新聞社が出した人生100年計画に関するネットニュースへ、否定的な文脈でコメントを寄せる人が多かったが、それもそうだろう。その記事中では年金制度崩壊という観点で貯蓄することを勧めていた上に、昨今提唱されている雇用期間延長の話を絡めて "自助" がイラスト付きで論じられていた。そして、この自助は政府が直々に述べたことだ。要は『国はもうアカンから、あまり国に頼らず自分で何とかしろ』ということらしい。

 

上記を、藁人形を用いてひねくれた表現をすれば以下のようになる。

 

政府:『寿命伸びてきたらから人生100年を前提に頑張れよなお前ら。あ、でも年金制度は崩壊してるし景気は悪いし税金はこの先もっと取るしお前らには70歳まで働いてもらうつもりだからよろしくw』

 

大地震が来ることを予告するかの如く、厳しい現実が待っていることをご丁寧に周知しつつ、自分で何とかしろと突き放すスタイル。モダンな自己責任の境地って感じがして好きよ♡

 

 

それらに反発する形で、このように怒っておられる方々が大勢。以下はあくまで一例だ。

 

  • 人生100年時代という妙な言葉を広めたマスコミの罪は重い。これでは若い世代は消費にますます慎重になって、必要最小限度の物しか買わなくなる。
  • 簡単に言うと、老後の生活は国では面倒を見られないので、自己責任でお願いしますと言う事だよね。
  • もうこの国は終わった。ついに政府が政策と福祉の敗北を認めてしまった。
  • お金を回してこその景気回復。貯蓄を勧めたら悪化する。今こそ安心して貯蓄を消費させる呼びかけが必要だと思うが。それに、そもそもこれだけの貯蓄をできるような社会になっていない。
  • 自助とか言うなら払い損の年金徴収するのやめろ。
  • 散々老後の安心を謳ってきておきながら、崖っぷちにきて自己責任みたいなことを言わないでもらいたい。

 

 

しかも、現在の方針なんて結局は現在の方針でしかないし、この先さらに衰退が顕著になっていくとするなら、将来的な見通しは下方修正を迫られる。例えば、雇用が80歳までになっているいるだとか、年金が80歳からの支給に切り替わっているなんてことも普通にあり得る話だからだ。

 

年金

 

これらが悪くなることはあっても、良くなることなどきっと無いだろう。人が減っている時点で、にっちもさっちもいかないことが確定的なのだから。

 

 

危機感煽りとデフレの進行

危機感煽りとデフレの進行

 

政府も間接的に敗北を認めざるをない状況になってきて、そのせいで昨今は以前にも増して日本の危機感が叫ばれるようになってきた。そのため、以前話した『日本がオワコンだとは思わないし、なぜオワコンなのかわからないから教えてほしい!w』といった御目目が節穴のオタンコナス達も徐々に危機感を抱くようになってきていて、そうした鈍い人(あるいは楽観主義者)たちも徐々に崩壊を受け入れるようになってきた(ように見える)。

 

そうした日本の衰退論が広く浸透していった場合、当然の如く消費はさらに冷え込む。消費が冷え込むと企業収益が減少し、会社が儲からないから社員に十分なお金が渡らず、みんな貧乏だから消費活動および経済活動が停滞する。俗にいうデフレだ。このオワコン論が波及すればするほど、消費が落ち込んでデフレが進行する。倒産する企業ももっと増えるだろう。みんなビビッて貯めるからモノが売れないんだもの。

 

そしてついに、政府までもが危機感を煽る発言を暗に行ったということで、そろそろ本格的に退廃的な風と価値観が吹きすさぶようになる気がしている。ペシミストや皮肉屋のみならず、健やかなる一般市民までもが広く『日本はもうダメだヤバい』と口にし始めるとなると、未だに『日本のどこがヤバいのかわからない!』とか言っているおめでたい人たちも、さすがにそろそろ認めざるを得なくなるだろう。穴の開いた船の上で、いつまで『よゆーよゆーw』と笑顔を浮かべていられるのか。

 

GDP云々の件

余談になるが、日本が終わってないとする人たちの反論材料として、しばしば『GDP世界3位を維持しているから衰退していない』というものが叫ばれているが、そのGDPもあくまで3位という順位を維持しているだけであって、その内訳は他国に年々追い上げられてきているし、この先も3位を維持することはほぼ不可能と言える。ゆえに、GDP3位という序列だけを見て衰退を否定することは、てんで的外れな主張である。

 

-余談終-

 

 

政府が直々に『貯蓄貯めとけよ』と示唆するこの事態。仮にそれが正論だとしても、公式にそんなことをコメンテートするのはまずい。政府自らが国民の危機感を煽る形になってしまう。

 

あんたデフレ煽ったぞ、政府さんよ。それがいかに正論だろうと、悪い方向にプロパガンダする形になってしまったような。

 

あと瑣末な部分かもしれないけれど、時代の流れとともに退職金制度を導入しない企業が年々増加していて、老後の資金に退職金を充てられない人たちが今後増えていく。

 

終身雇用が終わる前からその傾向があったのだから、トヨタが終身雇用の終焉を匂わせた今後は、退職金制度を導入しない企業が増加していき、場合によっては途中で退職金制度を破棄する───『経営苦しいからやっぱ退職金ナシの方向で!w』などと言い出すブラックじみた企業も現れるような予感がある。

 

 

そもそも100年生きたいかという話

これはあくまでただの自分語りになるが、私は生きれたとしても100年も生きたくはない。ヨボヨボになってまで生き長らえていったい何すんだって話だ。7,80までならともかく、100にもなって何したいんだよって。VRキャバクラでにゃんにゃんすんのか?

 

 

人生100年時代とは言うものの、このご時世(および将来的)に100年も生きたがっている人なんて実際は大して多くないのではないだろうか。しかも崩壊の確定的なこのご時世に、だ。

 

仮に好景気がずっと続いている状態なのであれば、人生100年計画にも頷けたかもしれない。だが、年金もまともにもらえず、終身雇用も無く、その上で70歳まで働くことを前提とされるこの過酷な社会で、100歳まで生きるとかいう悠長な計画を立てる呑気な人間がどれだけいるだろうか。いても裕福な人間だけだと思うわけだが。

 

あなたは『中間層でも計画立てられるわバーカ〇ね』と思っているのだろうが、現在の中間層は解体されてそのうちいなくなるぞ。今は普通層が底辺サイドに流入している最中だ。私といっしょにイナゴの佃煮を食そうではないか🤣

 

 

いずれにしても、今の若年層は80歳90歳の時点で自転車操業の如くクソ貧乏なのがほぼ確定的なわけだ。少なくとも社会に何らかの変革が起こらない限りは。

 

そんな貧乏生活で100歳まで生きよう、生きたいと思う者がどれほどいるだろうか。100年生きる前提で貯蓄に貯蓄を重ねるだけの生活。そんな生活を誰が望むと。

 

老人へのヘイト

しかもだ、昨今は老人へのヘイトとお荷物視が凄まじい。『生産性が無いくせに若者を轢き殺し政治を腐敗させ私欲を貪る搾取的な存在』として語られることもしばしばある。今でさえこのザマなのに、将来の老人の扱いはいったいどうなっていると思うだろうか。ほぼ確実に、かつての姥捨てされた老女のような杜撰な扱いを受けるだろう。未来に福祉のふの字くらい残っていればいいが。

 

社会保障費を圧迫し、その上お金を抱え込んで経済を停滞させる存在として語られる老人。踏み間違いで子供を轢き殺す老人。ここ20年で傷害事件を爆増させている老人。2019年現在でも厄介者扱いされている老人。あなた方がシニア世代になる頃の老人など、もはや産業廃棄物のような扱いになっていてもおかしくはない。もはや高齢者自体がスティグマに近い扱いとなる。そんなヘイトを集める戦犯ポジションで、何十年も生き長らえたいと思うものだろうか。

 

少なくとも私はいいところでとっとくたばりたいし、そもそも100歳までお金が持つ自信が毛頭ない。はて、困ったらスパイラルマタイでもするだろうか。それとも後述の...。

 

貧乏老人

先ほども述べた通り、老人がお金を抱え込んで経済を停滞させているように語られているが、お金を抱えているのは一部の上級老人の話であって、年金だけでギリギリのやり繰りをしている底辺老人も決して少なくはない。若年層は一部だけを見てヘイトをぶつけているだけだ。老人全員が甘い汁を啜っているわけではない。

 

そして、年金でやっていけない底辺老人がどうやって生き長らえているかと言うと、彼らは自分から捕まって刑務所に養ってもらっている。あるいは捕まらないように万引きを行い、家計を節約している。

 

特に近年は老人の犯罪が増加していて(数が増えているのだから当然だが)、中でも特筆すべきなのが、食い扶持を得るためにわざと逮捕される老人が現れ始めているという部分だ。そしてこれは日本特有の現象であるとされ、海外のドキュメンタリー番組(BBCだったかも)で紹介されるレベルだったりする。食べるために自分から捕まる日本は異常らしい。レイ・ブレスリンやマイケル・スコフィールドもびっくりだぜ!

 

 

しかしまぁ、おかしな話だが、実際に老人の刑務所暮らしは合理的だ。まず第一に話相手がいる。昨今は人のつながりが希薄化していると言われており、それは老人とて例外ではなく、彼らは孤独を感じている。だから、話相手の大勢いる刑務所は生き甲斐を得られる。

 

そして二つ、お金がかからない。刑務所は税金で賄われているから、食費やその他雑費を失わなくて済む上に、捕まっている間も年金は支給されて貯まっていく。だから、お金がヤバくなったら捕まって刑務所暮らし→出所することには年金がチャージされている→貯蓄が無くなったらまた刑務所というルーティンを繰り返すことで、金銭面での心配から逃れられる。

 

三つ目。刑務所は集団生活であるため、現在の社会問題となっている孤独死を回避できる。死亡した数か月後に腐敗した状態で発見されるといった心配がない。

 

 

したがって、今後の老人は自分から刑務所に入所するケースがさらに増加していくだろう。刑務所は刑罰や更生の場になるどころか、皮肉にも老人の憩いの場と化す。楽しい刑務所、ステキな刑務所。そしていずれ刑務所はパンクする。いや、あるいは刑務所が増設されるとともに、刑務官の求人が爆増するのかもしれない。場合によっては刑務所と老人ホームや介護施設が合併して、刑務所に介護職員が勤めるハメになりそうな予感。

 

老人がタダ飯を食べるために刑務所に喜んで入ってきて、そこで老衰して手厚い介護を受けるようになり、本来の目的である "更生" が事象の地平面へと飛んでいく。なんだ、刑務所は罰を与える恐ろしい場所であるどころか、親切でハートフルな場所じゃないか。刑務所最高!w

 

 

いずれにしても、税金で運営される刑務所へ老人が入所していくということは、年金と刑務所代で二重に税を消費することに他ならない。ダメだこりゃ。

 

 

人生100年を謳うなら退路も用意しろ政府

国民を一世紀も生き長らえさせるつもりならば、政府は安楽死をそろそろ実用化するべきと考える。

 

誰でも100年も生きたいと思っているわけでもないだろうし、今後は格差も拡大していく。となれば、人生に絶望した結果としてリタイアを所望する人たちもきっと増えていき、真面目に『さっさと殺してくれ』と願う人たちが現れるようになる。現代的 "くっころ" だ。意味が通じない人は今すぐ帰ってくれ健常者くん。

 

 

また、先ほど述べた『老人は刑務所に入れば安泰』というのはあくまで過去と今現在的な話に過ぎないため、将来的には刑務所にも入れてもらえないのかもしれないし、その状態で貧乏生活となれば、毎日雑草や昆虫を食べて生き長らえることを余儀なくされるかもしれない。

 

なら、リタイアを望む人たちのために政府は安楽死を検討するべきだ。こう主張しているのは私だけではない。冒頭で挙げたネットニュースのコメント欄にも安楽死を望む声はあったし、ツイッターにも同様の旨をプッシュする発言がいくつか見られた。

 

そろそろ綺麗事を抜きにして安楽死を認可する方向に進むべきではないだろうか。今後の崩壊を視野に入れた場合は、言うまでもなく確実に不幸な自殺者は増えてしまう。電車に飛び込んだり、ビルの屋上から飛び降りるような迷惑な自死手段を強いるくらいなら、最初からすんなり殺してくれる場所を用意した方が誰も迷惑を被らないのだし、本人もいちいち苦痛を感じず五体満足で逝くことができるというのに。

 

どうでもいいけど、無用な苦痛を減らすというポリシーはヴィ―ガンの主張に合致している。私はヴィ―ガンの素質があるかもしれない。

 

 

もっとも、現在の日本社会で安楽死を合法化した場合、とんでもない数の労働者層が死を望むことは想像に難くないため、政府としては "絶対に" 認めるわけにはいかないのだろう。奴隷や養分に逃げられるのは困るからだ。だから、オランダをはじめとする諸外国での安楽死制度が進歩し続けても、日本は変わらずこのままの気がする。

 

 

かつてある男がこう言った。『365日24時間、死ぬまで働け』...と。

 

というわけで、死屍累々の人生100年時代は、ブルジョワジーや上級国民ではない凡百の平民や、岡山の県北でホームレス生活をする私にとって、苦しい時代となるものと思われる。私はカエンタケの日常的な生食が祟った結果、30手前でくたばるだろうが、世間のみなさんは血反吐とゲボ🤮を吐きながら100年頑張ってください。私は千の風になって応援しています。

 

人生の有用さはその長さにあるのではなく使い方にある。長生きをしてもほとんど生きなかった者もある。この世にいる間はこのことを心にとめておけ。おまえたちが十分に生きたということは年数にではなく、おまえたちの意志にかかっている。

 

───ミシェル・ド・モンテーニュ 『エセー』

 

 

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