知ってトクする岡山の名産品ベスト13♡

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かつてアンパンマンを信じた少女がいた。アンパンマンの声を聴き、アンパンマンの声に従い、アンパンマンの名を説いた。だが、戦場にアンパンマンは居なかった。

 

奥津湖の黙示録 第13節 『久遠』

 

岡山の名物、第一位は~~~~~~~~~~

 

岡山市の "人食い用水路"

 

現場からは以上です。

 

 

 

 

これは勝手な想像だが、神奈川県川崎市の通り魔事件の犯人はいわゆる "無敵の人" だと私は考えているし、世論を見てもだいたいそっちの方向と捉えている様子がうかがえる。何も築けなかった腹いせに、自分を社会的に葬った社会へ一矢報いて逝ったと。

 

今回は勝手にそういう前提を掲げた上で与太話をひとつ。こう言っておかないと、『憶測でモノを語るでねえだ』『自説の補強に利用するな』云々で文句を付けられてしまうし、タイミング悪くテラケイ先生が『川崎19人殺傷事件「無敵の人がやった」という物語にひそむ危険性 』という記事を本日リリースしているため、みなみなみんなはそっちの方向に過敏になっている。

 

まぁそもそも、本件に関しては容疑者死亡なのだから、憶測でモノを言うしかないでしょうに。死人に口無しって言葉があるのでね。

 

みんなを見ていれば、今回の容疑者へ己の望む好き勝手な属性のレッテルを貼り付け、自説の補強に使っている。私もそうするだけのことだ。みんなで死人を使ったお人形遊びとポジショントーク。偉人に対しても後から勝手にあれこれ属性や逸話を付けて弄んでるよね。

 

 

Martyrdom

彼が無敵の人に落ちた経緯を自己責任で済ませるのは容易いが、そうした人たちに福祉が行き届いていないことにも原因の一端(あくまで一端)はあるし、言うまでもなく今後は無敵の人が増えていく。

 

社会の見通しが立っていない上に、貧困層の増加がほぼ確定的で、それが指し示すことは無敵の人の増加。『お金もねえ、家族もねえ、生きる希望が何もねえ』な、吉幾三も『たまげたなぁ』と匙を投げる人たちは今後ゾロゾロ出てくる。私も岡山の県北で空き缶拾いをしながら、イナゴの佃煮と野生のニラを食すホームレス生活で無敵だ。今日は奥津湖の西にある "㈱ペットメモリアル・セヴィア" の付近で野宿。

 

 

日本は衰退していないしオワコンでもない希望の国だ

 

中で述べている通り、今後は国内で仲良くズブズブと泥沼に沈んでいく。みんな貧乏→持たざる者が増加→持たざる者は無敵の人→無敵の人は他人を殺しても実質ノーダメージ。

 

ということで、現状の社会では今後無敵の人が増えやーす🤮

 

現行制度ではベーシックインカムも安楽死も無い上に、自己責任論の放置プレイが好きなんだから、日本の衰退とともに無敵の人が増えて当然だ。せめてオランダみたいにオランダ政府、安楽死を「人生が終わったと感じている人」にも適用させる法案を提出 : カラパイアとか考えないと。

 

上記の制度、けっこう真面目に良いと思う。長生き前提の固着した貯金ルートを放棄し、貯金使い果たして安楽死へゴー!!ってめっちゃ気楽だと思うんだよね。まぁ、施行があり得ないことはわかるけれど、もし現実になったら社会がどれくらい崩壊するのかを見てみたい。20-50歳男性の15%と同年齢帯女性の5%が死にそう。

 

一人で〇ね

今回のような無敵の人に『死ぬなら一人で〇ね』という、100人中98人が言い出しそうな───退屈すぎてあくびが出そうな正論をぶつけるのは勝手だが、その一人で死にやすい場所作りも必要だと思うわけだが。どんどん無敵の人が増えていくのに、『頼むから大人しく〇んでてくれ!』は常識的に考えて無理難題。

 

社会が『落ちぶれても助けないし、落ちぶれたのは全部自己責任だし、一人で黙って〇ね』って言って、全員が全員『はい、僕が悪かったので首吊ります...😭』と聞き分けるはずもない。自罰的な人間は飛び降りなり電車で自死を選ぶだろうが、他罰的な人間は高い確率で外部に報復しようとする。しかも、事件を起こして死刑になったとしても、自己の死因が自殺の首吊りから他殺の首吊り(絞首刑)になるだけ。実質的には違いがないのなら、『ドカンと汚ねえ花火をあげてからくたばろう』と考える者がいても何ら不思議ではない。

 

ただ誤解すべきでないのは、失うものがない人=無敵の人=絶対に犯罪を犯すというわけではないということ。貧乏が増えても社会的良識の発達が勝れば、犯罪には繋がらないことも多いだろう。問題は無敵の人が増えるかどうかではなく、社会に原因を見出し恨みを抱く人が増えるか否かということで、大切なのは『社会にないがしろにされた』という気持ちを抱かせないことにある。

 

と考えた場合、良くも悪くも都会より田舎の方がネットワークの密度が濃いため、都会に比べて社会的な疎外感を感じる人が少なくなるような気がする。あくまで個人の感想だが。

 

 

いずれにしても、自己責任だ何だで個々の事情を鑑みずに弱者を切り捨てて放置をすれば、結局このような歪みは出るのだし、そもそも自己責任と一口に言うが、落ちる事情は様々ある。

 

単なる自堕落の結果として無一文になったのならともかく、例えば『病気で落ちぶれて失職したけど、福祉は助けてくれませんでした』だとか、『ブラック企業で心身ともに壊れてしまった。労基はブラック企業を放置して相手にしていない』だとか、『三つ子が生まれてしまって、手もお金も足りないが、知人も役所も誰も助けてくれず詰んだ』だとか、『妻が轢き殺されたのに司法は被告へ無罪を宣告した。立ち直れなかった』だとか、本人の手に負えず闇落ちしてしまったケースもあるだろう。しかし、これらも『予防ないし解決できないお前が悪い』と一緒くたに自己責任で片づけられ、放置されていれば、社会へ怨恨を抱くこともあるはずだ。

 

そもそも、福祉とはそういった人たちのためになければならないと思うわけだが。あくまで理想論として。

 

自己責任の因果

自己責任

 

自己責任という言葉で突き放した対象が暴れ出すのも自己責任。『自分で責任取るなら何してもいいって言ったよな? じゃあ人生詰んだからパーッと暴れて死という責任を負うことにした』となっても仕方がない。(死が責任と呼べるのか否かは、私では判断いたしかねるが)

 

そういった存在への警戒を怠って財産を奪われるのもまた自己責任で、他人に自己責任を振りかざす人間は、自身が被った全ての災厄にその言葉がブーメランとして返ってくる。

 

 

通りすがりの酔っ払いに突然ブン殴られるのも、夜に出歩いた自己責任。自己責任論なら一方的に相手のせいにはできない。満員電車に乗って痴漢に遭うのも自己責任。自己責任論なら一方的に痴漢のせいにはできない。鎧を着たり坊主にしたり男装することで痴漢は防げる。ビキニアーマーはやめとけ。

 

犯罪をする方も自己責任を負っているが、犯罪の起きる危険性のある場所へ自ら足を踏み入れて被害に遭うことも同じく自己責任だ。

 

ネトストに遭うのもネットに顔を載せた自己責任。顔幅の広い男と結婚してDVを受けても自己責任*1。自己責任論なら洞察力に欠けていた見る目の無い手前のせい。

 

東京に住んで都市直下型地震で死ぬのも自己責任。予測テクノロジーを発展させられない気象庁や、耐震を怠る建築士のせいではない。

 

防犯対策を十二分に施さずに車が盗まれるのも自己責任。スカートが風に翻ってパンチラするのも自己責任。火山の傍に住んで噴火で死ぬのも自己責任。斜面に家を建てて災害時に崩壊するのも自己責任。海の傍に住んで津波で死ぬのも自己責任。ダムの下流に住んで決壊したときに死ぬのも自己責任。GWの渋滞で漏らすのも自己責任。暴漢の存在を常に想定せず、財産を損なわれても自己責任。もう何もかもが自己責任。

 

むろん、今回の被害者が直接的に自己責任論を振りまいていたわけではないだろうが、自己責任論の蔓延る社会の構成員である限りは、因果に関わっていると言えるのではないだろうか。

 

 

ママエフの丘

アメリカの場合はこれら無敵の人はもちろんのこと、単なる非モテ(インセル)までもが乾坤一擲の銃乱射テロを起こしているということで、もしかしたら今後は日本でも、人生の詰み云々にかかわらない "思想による凶悪犯罪" が起きるんじゃないかなと。

 

そうなってしまうのも、社会が分断し始めているのだから仕方がない。価値観が多様化しすぎた結果として、各々が敵を退けるべく固着化して多方面で喧嘩している。ヴィ―ガン vs 雑食主義とか最近の男女の喧嘩にしてもそう。ただの痴漢と安全ピンの話がスケール広がって男女抗争のちんまんウォーフェアになっている。同性愛関連もアツい。トランスジェンダーだかトランス脂肪酸だかロックマンエグゼ トランスミッションだか知らないけど、まぁ色々激化しているようだ。

 

きっとそのうちもっとジャンルが増えるだろうし、NZのキリスト教徒がムスリムを襲撃したように、脅威となる教義に特攻を仕掛けても不思議じゃない。『俺は🍖を喰いたいから邪魔立てするVGNを〇す!』『OJP♂が憎いから〇してやる』となることが、決してあり得ないと言えるだろうか。

 

今後、日本でもフェミニズムやヴィ―ガニズムといった一種の宗派が支配力を拡大していった場合、イスラーム対クリスチャンのような競り合いに発展し、国内で爆破テロやインセルの銃乱射のような大量殺人が起きる可能性だってある。かつての日本の対立構造は右翼 vs 左翼くらいのものだったろうが、今後はまったくそれだけではない。

 

アメリカに広まったフェミニズムおよびマッチョイズムで、非モテが激怒して銃乱射テロを始めたように、特定の思想の跋扈に反抗する勢力が実力行使に出る。自分が不利になる状況を、指を咥えて静観するはずもない。

 

では、日本でヴィーガニズムが拡大していったとしたら、雑食主義者は黙って肉食を捨てるだろうか。あるいはマッチョイズムの拡大で、上位20%の男が90%の女性を占有したとしたら、残り80%の男は黙って見ているだろうか。こうして社会に軋轢が生まれ、怨恨と反抗のテロが起こる。

 

 

現在の日本社会では統計的事実として犯罪の減少傾向が認められてはいるが、その犯罪の動機やカテゴリが今後変化を見せてゆき、単なる性的快楽や金銭目的などではなく、社会に対する怨恨やイデオロギー的な方面での殺傷事件が主となるような気がしていて、犯罪の数そのものは少なくなっても、一件一件が今回のように規模のデカいものになるような気がしている。

 

今回の事件はたまたま無敵の人だったと言うだけの話で(勝手にそう扱われているだけだが)、そのうちアレが何らかのイデオロギーを動機とするものになっても何ら不思議ではない。

 

もちろんこの話に明確な根拠はなく、ただの個人的な "たられば与太話" に過ぎないが、私としてはわりとこの通りになるんじゃないかなという気はしている。

*1:顔幅の広い男は暴力傾向が強いというデータがある